ついに洗礼盤由来の全貌が明らかに!

[函館教会週報付録⑨12/15号より]

落成時の池田伝道所「見えないみ手」より

 先週の「週報付録⑧」からの続報になりますが、池田教会からやってきた洗礼盤の由来について、浦幌町立博物館の持田誠氏から、確定的な資料が発見されたと連絡がありました。それは、後に函館教会の代議員もなさった増田憲二郎さんが、池田伝道30周年を記念して1986年12月25日に私家製本なさった「見えないみ手 池田伝道所ができるまで」です。営林署勤めのクリスチャンであった増田さんが、教会のない池田営林署に転勤が決まり、教会の設立を夢見て各方面と相談しながら、吉田先生と出会い、池田で聖書研究会を立ち上げられた話から、ある日尋ねてこられた老人が、教会を建てるなら土地を差し上げましょう、と申し出られて土地が与えられた話。伝道所を立ち上げる話をルーテル教会と調整している間に、日本基督教団の方からも伝道所を設立しようという話が持ち上がり、両者の調整に苦心した話。出張先の炭鉱跡の廃墟で見つけた映画館別館の廃屋を購入して移築した話など、池田教会の草創の経緯が細かに記録されています。その中の<始めてのクリスマス>、という項の中に、以下のような記述があるのです。  「師走の慌ただしさの中で、札幌教会から贈られたオルガンが先ず到着した。続いて、吉田先生の設計による聖段と説教題と洗礼盤とが日を次いで届いてきた。やがて、達さんの手による風呂場も完成し、さらに、風呂場の建築費も含めて、請負工事契約に伴う一切の経費が承認されて、年内にすべての支払いを終えることが出来た。」

 つまり、1957年のクリスマス礼拝の直前、「師走」とあるので、12月の中旬か下旬に届いたことが確定したことになる、と持田さんは報告して下さっています。さらに、この記述から、この洗礼盤が池田伝道所の発注によって製作されたもので、既製品ではなく、吉田先生設計による特注品であったことも明らかになりました。  増田ご夫妻や山之内牧師の縁によって身近であった池田教会と、その縁を更に深めてくれた洗礼盤に対して、これまで以上に親しみが感じられるようになりました。池田教会の礼拝堂は、今年その役割を終えるところとなりました。けれども、増田兄の冊子「見えないみ手」のタイトルにあるように、神さまの不思議な計画によって、洗礼盤を通して、増田兄や吉田牧師の宣教への思いは函館教会に受け継がれ、生き続けることになります。  今日、受洗なさる片桐望羽さん、小林由依さん、竹之内佑圭さんを皮切りに、池田教会からやってきたこの洗礼盤が、この函館の地で更に豊かに用いられ、その実を結んでいくことが出来るように、教会員みんなで、ともに宣教に励んでまいりたいと、その思いを新たにさせられた持田氏からの報告だったのでした。

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熊本地震の話しをしてきました

去る11月30日、東海教区静岡県の栄光教会で、東海教区の集い「熊本地震に学ぶ~南海トラフ地震に備えて」が行われ、招かれて熊本地震の経験をお話ししてきました。東海教区では、危険性が指摘されている南海トラフ地震に教会がどう備えるべきか、ということについて、いろいろ考え始めておられるご様子でした。広範囲の被害が想定されている中で、教会は被災者にもなり得るし、また支援者にもなり得ます。わたしも前任地の健軍教会で、熊本地震の折に、被災者でありつつひと月半にわたって私的避難所を運営する、という得がたい経験をさせていただきましたから、その時に、どのようなことがおこり、何を考え、どのように取り組んだのか、少ない経験からですけれども、わかちあわせていただくことができました。  とはいえ、ひとたび大規模災害が起これば、ひとりひとりが置かれる状況には大きな違いが生まれてきますから、災害経験者といえども、ひとりの経験を普遍化してしまうことは出来ません。災害は、まず自助、そして共助、それから公助だといわれます。まず自分の身を自分で守ること。そして身近なもの同士で助けあうこと。そして公的な支援を、上手に利用すること。そうした大きな流れの中で、日頃から教会が、地域に対してどのようにありたいと願っているのか、という日常の教会のあり方が、非常時にも現れてくるのだと思います。函館教会が、この五稜郭の地で、どのような形で地域と関係を結び、「ここに教会があって良かった」と思って貰えるような教会になっていけるのか。わたし自身、あらためて考えさせられるときでもありました。  当日は、災害用トイレやガソリンによる発電機を備えている教会が実物を展示して下さったり、名古屋地域で震災が起こる前から、そのことを想定した超教派のキリスト教のネットワーク作りがすすめられていることが報告されたり、わたし自身も学ぶところの多いひとときとなりました。もちろん、静岡のマグロと地酒も、美味しくいただいてまいりました。小さな教区の小さな教会として、大きなことが出来るわけではなくても、地域やルーテル教会のネットワークを上手に用いて、相互に協力しあう中で、教会のあるべき姿を求めていきたいと思います。[コイズミ記]

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