明日の教会のために~教会・神学・神学教育

[函館教会週報付録<12>2/16号より

■教職神学セミナー

わたしたち日本福音ルーテル教会(JELC)だけでなく、ルーテル諸教会の牧師たちのための学びの場として、現在では2年に1回開催されている教職神学セミナーに、現場からの発題者として声をかけて戴き、牧師になってから初めて参加してきました。戦前から日本で宣教してきたJELCだけでなく、地域教団として各地で宣教するルーテル諸教会の牧師たちとも久しぶりの再会を果たし、それぞれの現場で汗をかいておられる様子を伺い、旧交を温めると同時に、刺激をあたえあうひとときでもありました。
 今回のセミナーのテーマは「明日の教会のために~わたしたちの教会・神学・神学校」。ルーテル教会だけでなく、日本のキリスト教会全体の縮小傾向がはっきりしてきた今、またSNSに代表されるような、ひととひととのかかわりのあり方が多様化してきている社会の中で、教会の現場では何が必要とされているのか。そしてその教会で宣教を担う牧師たちの教育には、どのような方向性が求められるのか、3日間で、講演7本、発題6本という充実のプログラムが展開されました。内容の一部をかいつまんで紹介してみたいと思います。

■外側から見たルーテル教会

 日本聖公会の司祭で、わたしにとってはエキュメニカル青年運動の大切な先輩でもある西原廉太司祭は、立教大学の副学長という重責を担いつつ、国際的な教派間対話の委員なども歴任してこられました。近年、ルーテル教会とカトリック教会の対話の成果に注目が集まってきましたが、ルーテル教会と聖公会の対話にも長い歴史と展開があります。両教会は、神学的な傾向や礼拝の守り方などによって、最も親和性の高い教会であるといえます。けれども聖公会が、カトリックと同様の、主教-司祭-執事という歴史的な三重の職位を大切にしてきたのに対して、教職に種別を認めてこなかったルーテル教会との間には、なかなか埋めがたい理解の違いがあるとされてきたのです。講演では、そうしたお互いの職制の違いを、違いとして尊重しながらも、それぞれの職制の中にある価値を確認しあうことによって共同の歩みをつくりだしてきた、特に米国における近年の対話の成果が紹介されました。そうした地道な神学的対話の結果、米国のルーテル教会と聖公会とは、どちらの教職がどちらの教会でも礼拝・聖餐式を司ることができるほどの共同性を生み出してきたというのです。日本でもすぐに、とはいかないかもしれませんが、教職の減少していく地方都市において、両教会が共同して働けるようになっていくなら、その意義は大きなものであろうと思います。

■第7次総合方策をめぐって

神学セミナーとしては異例のことであったと思いますが、今回のセミナーでは、JELCの新しい綜合方策についても講演と質疑応答がなされました。今年5月の総会以降の8年間の教会の方向性を見定める大切な方策となります。
 今回の方策では、これまでの方策が経済的自給を強調してきたことから一歩進めて、宣教的自立を目指していくのだ、といいます。やや乱暴な要約ですが、教会の牧会者である教職が、説教とサクラメントを源泉とした牧会力をたかめていくことにより、隣人の中にあるキリストに仕えていく教会が形成されていくのだとされています。宣教師も加えるなら、かつて200名近い教職によって担われてきた教会の働きは、現在は80名程の教職に委ねられています。そうした中で、北海道では釧路・池田の礼拝堂も閉鎖されるに至っていますが、礼拝の曜日変更などで教会のあり方を工夫していくことと同時に、「役員5名の選出が難しい状況」をひとつの目安としながら、教会組織の改組・閉鎖を検討すべき、とするなど、これまでより一歩踏み込んだ表現もみられます。特に、新卒であっても兼牧が当然となっている現場の厳しさと、教職の牧会力向上への期待とを、どのようにバランスしていくのか、「宣教体勢のリ・フォーメーション」という表現の中で、教区主導によって対策をとっていこうという提言がなされています。
 また、ディアコニア活動・宣教のひろがりという面でも、脱原発や社会的マイノリティーへの視座といった分野で、これまでよりも踏み込んだ表現がみられました。いずれにしても、さらに文案の検討がつづけられ、来年5月の全国総会において、議場に提案されることになります。

■これからの神学と神学教育

 こうした講演の他にも、今回はわたしを含めて6名の教会現場をもつ牧師たちからそれぞれの教会形成についての発題がなされ、討論の時間が持たれました。ルター派の神学にこだわりながら、牧師として教会の期待にどのように応えていくのか。またどのように社会とかかわり、教会に地域の人々を招き入れていくのか。その時に必要な神学とは何か。各人の問題意識に沿った発題がなされ、活発な討論が行われました。ただひとつの正解などがあるわけではなく、地道な取り組みの継続が求められている現場において、それでもなお、新しい何かをつかみ取っていきたい、という熱気が感じられた3日間でした。[コイズミ記]

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